『湛えて』は、とても素敵な映画になると思います。
物語は夏から秋にかけて、移りゆく季節の中で進んでいきます。わたしたちの撮影もそれに沿うように、厳しくぎらつく太陽の下、始まりました。
脚本、カット割り、ロケ地探し、キャスティング、衣装・美術決め、予算繰り……。わたしがろくに働いていなかったのか、本当に目まぐるしかったのか、今ではもう定かではありませんが、撮影が始まるまでの大事な準備のことは、もうおぼろげな記憶となって過ぎ去ってしまいました。しかし、事務所の住所がわかっている役者の方には、監督の早坂が丹念に考えしたためた手紙を送ったことを、撮影の休憩中に役者の方が嬉しそうに語ってくれたことが忘れられません。あんなに気持ちのこもった手紙をもらったら、断るわけにはいかない、と。
撮影初日は、スタッフのほとんどに余裕がなさすぎて、てんてこ舞いでした。監督もやはりたくさん舞っていました。さらに本作の主演を務めていただく兎丸愛美さんにとっては、とても厳しいシーンの撮影が盛り込まれている日でもありました。これは内緒の話ですが、とてもビビリなわたしは、情けないへっぴり腰でそのシーンの一部始終を見つめていたのではないでしょうか……。そんなわたしの勝手な不安の傍ら、兎丸さんの張り詰めた身体の感覚と、長回しによるスタッフの筋肉のふるえ、滴り落ちる汗が混ざり合わさった何かが、映像の強度となって画面に表れたのではないかと、夢見がちに考えてしまいます。
初日以外の撮影は、閑静な住宅街で行われました。日を追うごとに現場の雰囲気は良くなっていき、みんなてきぱきと動けるようになっていったように思います。制作の佐藤は現場近くの銭湯のポイントカードの作成を済ませました。
山口友和さん、ふじわらみほさんが現場に加わったことで、気が再度引き締まったと同時に、役者さんたちの交わりにとてもわくわくしました。撮影が進んでいき、作品の登場人物の気持ちが変化していくように、わたしたちスタッフの映画への思いも、それを通してさまざまな形になっていったのではないでしょうか。
わたしは、この作品が、とても素敵な映画になると、最初に書きました。映画は誰かに観てもらうことで初めて、一つの形を成すことができるのではないかと、たまにふと思います。だからまだ、この作品が素敵な映画になりましたとは、言いません。『湛えて』を観てくださるみなさんと、スクリーンの間にある大きな空白に何が浮かび上がるのか、わたしには想像もつきません。ぜひ、たくさんの方に観てもらいたいと願っています。
『湛えて』に関わっていただいた全ての方に、この場ではスタッフのみんなに代わって、お礼を言いたいと思います。ありがとうございました。あとは、劇場でまた会いましょう!
文責: 文学部・録音 土井
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